ホームラン

 

 

風向きが変わった。

 

九回裏の攻撃で、簡単にツーアウトを取られてからだった。八番の高田はすこぶる緊張していた。自分が最後のバッターになるのか、と落胆もしていた。それほど今日の相手チームのエース、前田は調子が良かった。ここまで我がバッファローズを完封。対するファルコンズはソロホームラン三発で三点を取り、試合を優勢に進めていた。誰もが、このまま試合終了すると思っていた。ただ一人、バッファローズの二番バッター、山田を除いては。

「きっとこんな感じだろ。昨日の試合すごかったよなー」

 

クラス一のガキ大将のジャイアン(もちろん渾名だ)がまた語り始めた。昨日のバッファローズの試合、三安打と一人だけ前田にタイミングの合っていた二番バッターの山田が大逆転サヨナラ満塁ホームランで締めくくったその激戦を。僕らはうんうんと頷きながら、内心またかと辟易していた。ジャイアンは大のバッファローズファン。ちなみに僕は隠れファルコンズファンだ。昨日の前田は10勝目がかかっていた。惜しかった。ツーアウトを簡単に取った後、あそこで高田にデッドボールなんて与えなきゃなぁ。あいつテレビでもわかるぐらいガチガチだったのに。

ジャイアンの話はまだまだ続く。このままでは休み時間を使い切りそうだ。トイレにいくフリをして抜けだそうか。いや、その手は前回の休み時間に使った。「ちょっと用事が…」と抜けだしても肝心の用事がない。結局、ジャイアンの聞きたくもないバッファローズ話を聞くしか、僕らに残された道はないのだ。いや、待てよ。

確か次の授業は数学で、小テストがあったはず。「勉強しなくちゃ」で抜け出せるのではないか。いやいや、待て。この前そう言って「お前今更やる意味なんてあるのかよ」と笑われたっけ。恥をかいただけだった。結局、点数ジャイアンに負けてたし。この作戦も未遂に終わるか。

「おーい、次のテスト、3点以下の人が居る列、みんな宿題倍だってよ」

数学係の出来杉くんが大慌てで教室に戻ってきて言った。クラスの女子が「えー、連帯責任」と騒ぎ出す。数学の笠原先生の得意技だ。こうやって落ちこぼれさえも授業やテストに無理やり集中させる。

 

風向きが変わった。

九回裏の攻撃で、完封目前でそれを打ち破られた前田のように、バッファローズの優勝について語っていたジャイアンの話が途中で止まる。僕はさながらデッドボールの高田のように、ラッキーパンチで窓際一番後ろの自分の席に無事に戻ることに成功する。サヨナラホームランを打つのは誰だろう。とりあえず僕は勉強に集中する。この列で三点以下を取りそうな奴は、僕だ。心なしかみんなの視線が僕に集中しているような気さえする。うん、本当にヤバイぞ。ジャイアンの話のせいでイライラした僕の頭じゃ、解けない難問ばかりだ。連立方程式。あれ、どうやるんだっけ。汗が止まらない。頭が回らない。大ピンチで、大問題だ。列のみんな、ごめん。

「ごめん!テストは次回だったみたいだ!」

数学係の出来杉くんが改めて慌てて戻ってきて、クラスの入り口から大声で叫ぶ。出来杉くんから放たれたその言葉は、綺麗な放物線を描き、クラスのみんなの注目を集め、最後尾の僕の頭を越えていった。劇的な、大逆転サヨナラ満塁ホームランだ。

おしまい。

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